元気日記

元気日記

2007年4月12日

包容力

選挙告示まであと2日。
久しぶりにシャワーでなく湯船につかり、
演説の練習をした。
体にも少し思いやりの時間。
久しぶりにテレビをつけてぼおっとしようとすると、
ニュースで国会の強行採決のシーン。
心の疲れなのか、
理由は分からないけど、
涙がたくさんこぼれた。
この4年間、
市民の手に届く政治を実現したいと思って
自分なりにもがいてきた。
母の秘書として国会を近くで見てきた間、
悔しいことがたくさんあったから。
何とか、
近くに届けたくて。
みんな、
知ったら絶対に納得しない!と
思ったから、届けたかった。
地方議員になって、
『対話する用意』がある
という『自分』で
居続けることで
なんとか、
政治に参加してもらいたいと思って。
参加するためには
情報公開も大切だと身にしみてきた。
だけど、
日常にまみれているうちに、
私にとっての日常は選挙まであと○日という毎日、
にどっぷりつかっているうちに、
重要な法案が、
国会では強行採決された。
テレビの向こうで、
やり方が卑怯だ!
国民のほとんどが知らないうちに!
と怒り、悲しみ、叫び、
国会を囲む市民が映っていた。
法律の内容は今ここではおいて置いたとしても、
地方議会で行われていたら、
もっと大問題になっているだろう議会の光景を見て、
私たち地方議員が、
地域で市民の皆さんと地道にやろとしている
対話の政治ってなんなんだろうと、
とても悲しくなった。
チャンネルを変えると、
学校のいじめが描かれたドラマがやっていた。
無力感のダブルパンチで
更に涙が加速した。
選挙前、
ナーバスな時期だというのはとても大きな要因だけれど、
ふと、自分の原点を思った。
地方議員友達で、
「親が障害をもっていたから
一人ひとりの人間が大切にされる社会をつくりたい」
という人がいる。
私は?
多くの方は「親も議員だったから」
と思っていらっしゃると思うし、
影響を受けているのは事実だと思う。
けれど、
今日気付いたのは、
母子家庭に育ったということ。
も、
私の心の中にずっとあったんじゃないかということ。
私が幼い頃は、
母子家庭は珍しかったから、
母が働くために、
一日に3つも保育所や託児所に預かってもらったこともあったし、
母の転勤で学校を転校し、
既にある集団という空間に足を一歩踏み出すときの
なんともいえないエネルギーを要した体験もあった。
子どもの私は勝手に感じることだけど、
自分の一挙手一投足が、
他人と異ならないか、
とても不安だったこともあった。
教わっていないという自信のなさから、
友達の家に遊びに行って、
作法とか礼儀とか、
「ふつう」ってどんなことだろうと
とても不安だった。
「母子家庭だからあの子は○○なんだ」
と言われないために、
「ふつう、一般的」ってどんな風なのか、気を使った。
自分の中にこそ、
自分の状況に対するレッテルを貼っている自分がいたし、
自意識に囚われている自覚もあった。
そんなことを一気に思い起こした。
そして今、
私は、
どんな生き方を選んでも受け入れられる
「包容力のある社会」
を求める心が、
政治を志し、
求めていきたいテーマなんだと、
やっと語れる気がした。
時代は変わったけれど、
尾張旭に8万人の市民が暮らしている中には、
8万通りの幸せがあるはずだから、
その生き方を応援したいし、
その不安を取り除いていきたい、
そんな政治がくらしの隣にあったらいい。
私のアイ・キャッチは、
ひまわりに
虹が掛かっている。
ひまわりは、
元気の象徴だし、市の花だけれど、
太陽の花とも呼ばれる。
ココに、
私の想いはあって、
「北風と太陽」のおとぎ話のように
力づくではなくて包容力で旅人のコートを脱がせるという部分への憧れ。
それから、
虹は7色で表現されているけれど、
実際多様な色のグラデーションであり、
多様性の象徴として、
よく平和運動にも用いられている。
そして、
希望の橋のように青空に掛かり、
それは、国境とか関係なく掛かり、
それは、常に地球を想う気持ちにさせる。
先日、この4年の活動をKJ法で
まとめる機会があり、
4つの柱が見えたのだけど、
あらためて、
私の政治活動は、
①身近な政治
②生き方に優しい社会
③安心を感じられる社会
④緑をまもるまちづくり
であることを
胸に思った夜でした。
また、朝起きたら
心にも体にも元気を取り戻し、
「まちに笑顔!みんなの元気を応援します!」で
顔晴ります。
雑感を取り留めなく書きました。
ご容赦ください。

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