尾張旭市議会議員 大島もえ公式サイト

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これまで出会ってきたすべての人と、経験したすべてのことが、今の私をつくってくれています。
「♪些細な自分の日常が、めぐりめぐって誰かの笑顔をつくっていく♪」
という歌がありますが、これまで出会った人、起こった出来事すべてに感謝して、これから出会う人、起こることすべてを大切にして、自分をつくってゆきたいと願っています。





1976年6月13日 愛媛県松山市でうまれる
1992年3月 長久手町立南中学校卒業
1995年3月 名古屋市立名東高等学校普通科卒業
1999年3月 愛知県立大学文学部児童教育学科卒業
1999年4月〜00年12月 愛知県立大学嘱託職員
2001年1月〜03年3月 衆議院議員 秘書
2003年4月 尾張旭市議会議員 初当選
2007年4月 尾張旭市議会議員 2期目当選
2011年4月 尾張旭市議会議員 3期目当選
  現在に至る
習い事のピアノとお習字そろばん、
鼓笛隊や学生オーケストラでのトランペットやオーボエ、
中学高校時代に熱中した卓球、
大学生から始めたアイスホッケー、
教育実習や幼稚園実習で過ごした次世代との交流、
社会人になってから教わった和太鼓、
好奇心のままに取組んだ学生時代さまざまな職種のアルバイト
数々の先輩や友人、後輩に学び、愉しい時間をともに過ごしました。
それらのすべてが、
今の私をつくってくれています。
ありがとうございます。




思想・体験がベースに育まれてきた「自己」は、これからも、いち地球人としての想いをもって、尾張旭に住みながら地域での活動を経て、形成されていきます。それらすべてを、議会活動に反映しようとしています。


アイスホッケー
大学生時代は、「中日クラブ」という社会人チームの女子アイスホッケーチームに所属していました。
今でも同時代を過ごした先輩、同期、後輩のみんなと定期的に集まり、近況報告をしています。
結婚・出産を経て引退した同級生も、子どもの成長とともに、最近選手に復帰しました。
ともに過ごした時間が、疎遠になった今も、久しぶりの再会を一気に白熱した時間へと変えてくれます。
同時代に、名工大アイスホッケー部のマネージャーをさせていただきながら、練習や友好を深める時間を過ごしました。
特に、先輩方には、いつお会いしても暖かく迎えていただき、
今もOBチームは元気に社会人リーグでご活躍です。
また、後輩たちも、まぶしいパワーでがんばっている様子は名工大アイスホッケー部のホームページからご覧いただけます。
>>名工大アイスホッケー部のホームページはこちら

チームや仲間が、氷上を降りて尚、いつもいつまでも支えであることは、心強く、励みであり、大切なことを教えてくれています。
「LOOK UP」パック(サッカーのボールにあたる)コントロールに気を取られず、顔を上げて周りをよく見て、敵味方、氷上12人の動きをよく見て次のプレーを想像、創造していくことを大切にと指導を受けました。
名古屋スポーツセンターのスケートリンクで、大変お世話になりました。
>>名古屋スポーツセンターのスケートリンクはこちら
卓球
高校時代は、卓球部でみっちりお世話になりました。 当時は、ほぼ365日、明けても暮れても卓球をしていたような記憶です。
カットマンといって、守備型で、相手の攻撃も粘り強く返球し、 チャンスには決める!のが理想でした。
恩師の言葉は、今も私に道を示してくれます。
「打ち抜かれたら相手がうまかったのだから、仕方がない。 それを恐れて自らミスをすること、相手のミスを誘おうとするあまり自らミスをすることを限りなく無くす努力をして、結果を待つ。」
相手のことは、変えられない。自分で動かせるのは自分だけ。だから、自分が精一杯を尽くして結果を待つしかない。一票に託してもらう仕事ですから、自分に役割をいただけるかどうかはまさに、相手が決めること。そう思いながら、前向きに受け止めて取り組んでいます。


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